篠田 桃紅/Shinoda Toko
篠田桃紅は、墨による先鋭的な抽象作品を数多く手がけた、20世紀を代表する美術家です。
桃紅は1913年に、中国の大連で生まれました。彼女が初めて墨と筆に触れたのは、5歳の頃、兄や姉とともに書き初めをしたときだったといいます。以降、書や漢詩、和歌をたしなむ家庭で古典の素養を身につけるとともに、独学で書を習得していきました。女性の自立や自由が顧みられない時代において、桃紅は幼い頃から自分の意思を主張し、自由に生きようとする強さを持ち合わせていました。そんな彼女が、女学校を卒業した後、実家を離れて書で生計を立てていこうと試みたのは、ごく自然の流れだったと言えるでしょう。既存の枠組みにとらわれない、自分だけの造形を一層強く求めるようになったのもこの時期からでした。戦後、大きく変容していく社会のなかで、書道界においても新しい書を追求する前衛書運動が展開され、海外からの注目も集まっていました。こうしたなか、桃紅も平仮名を崩した独自の仮名書を出品し、新進気鋭の作家として名を馳せていきます。しかし、文字を解体することで墨線そのものの美しさを表し、書と絵画の境目を超える抽象造形を模索するようになった桃紅は、前衛書家の範疇にとどまらない独自の路線を突き進みました。保守的な書壇と決別し、1956年から約2年の間アメリカで過ごした経験は、書の世界から墨による抽象表現へと舵を切る契機となりました。この1950年代における、情熱的で激しい筆さばきとエネルギッシュな画面には、文字や意味から離れ、自分らしい表現を解き放とうとする桃紅の姿を見出すことができます。
帰国後は、壁画や壁書、レリーフなど建築に関わる仕事に携わったほか、リトグラフの制作を始めるなどして、新たな創作の刺激を受けていました。多岐にわたる仕事を通して、桃紅の画風はより一層、研ぎ澄まされていきます。特に1980年代から1990年代にかけては、不要なものが徹底的に削ぎ落されていき、線から面へとかたちを変えた墨の表情は、朱や金の彩りや余白の白によって際立ち、無限の広がりと深まりを見せました。100歳を迎えて以降も、自らの力で道を切り拓き、創作への情熱を絶やさなかった桃紅の作品と生き方は、今日も孤高の輝きを放ち続けています。
作品名:ALLEGORY
サイズ:57×42cm(リトグラフに手彩色)
価格:SOLD OUT