オノ・ヨーコ/Ono Yoko
コンセプチュアル・アートの草分けであるオノ・ヨーコ(本名・小野洋子、1933~)は、世界で最も有名な日本人の一人として数えられる前衛芸術家、音楽家、平和活動家です。
安田財閥の直系である母と銀行家の父という名門一族のもとに生まれたオノは、幼少期に東京の自由学園に通い、風や鳥の鳴き声などの環境音を譜面に書き起こすといった独特の音楽教育を施されます。その後、学習院大学文学部哲学科に入学し、ニューヨークに転居後はサラ・ローレンス大学にて詩や音楽を学びました。しかし、大学では自身の創作に対する関心や共鳴を期待できないと悟ると中途退学を決め、カウンターカルチャーの聖域であるグリニッジ・ヴィレッジに飛びこんでいきました。一見すると名家のお嬢様らしからぬ方向転換ですが、幼少期から続く両親の無関心、戦時中の疎開先で経験した貧困、海外や田舎暮らしでさらされた差別など、あらゆる精神的苦痛から唯一自分を救ってくれたアートの道へ進むことは、オノにとってごく自然な成り行きだったといえるでしょう。
その後、前衛芸術運動「フルクサス」を提唱したジョージ・マチューナス(1931~1978)や音楽家のジョン・ケージ(1912~1992)らと交流を重ね、インストラクション(指示)を付与することで観客や聴衆と作品を相互的にかかわらせようとする独創的な芸術を追求しました。最も有名な作品の一つとして、観客にはしごを登らせ、吊るされた虫眼鏡を使って天井近くのキャンバスに書かれた小さな「YES」の文字と出合わせる【天井の絵】(1966)がありますが、これはのちに夫となるジョン・レノン(1940~1980)が初めてオノと出会ったとき、彼女への共鳴を決定づけたものでもあります。ちなみに、同展覧会で鑑賞した【釘を打つための絵】(1961年)の前では、レノンが実際に釘を打ってよいかオノに尋ねたところ、「五シリングを払ったら打ってもいい」というオノの返事に対し「想像上の釘を打つ」と答えるという、実に印象的なやりとりが繰り広げられたそうです。また、1964年の夏に発行された書籍『グレープフルーツ・ジュース』には、読み手になんらかの行動を促す数々のインストラクション・ポエムがつづられており、オノの作品としても、コンセプチュアル・アートの系譜においても重要な位置を占めるものです。
そして、彼女を語るうえで欠かせないのが反戦運動です。ベトナム戦争の真っ最中、レノンとのハネムーンで披露した【平和のためのベッド・イン】(1969年)、「プラスティック・オノ・バンド」での音楽活動など、独自の方法で反戦と平和を訴え続けますが、その原動力には、やはり幼き日の戦争体験が深く根差しているといえます。
オノ・ヨーコという名前は、夫のジョン・レノン、そして彼が所属した世界的ロックバンド「ザ・ビートルズ」と切り離して考えることが難しく、また人種差別や女性蔑視の恰好の的として、いまだにスキャンダラスな女性像を抱かれることも少なくありません。ですが、近年は多分野にわたるアーティストやミュージシャンが、前衛芸術家、音楽家、平和活動家としてのオノ自身の功績をたたえ、その一連の作品をよりフラットな視座から再評価しようとする気運も高まりつつあるのです。




作品名:IMAGINE PEACE
サイズ:29.7×42cm(2022年 シルクスクリーン ed.4500)
価格:非売品
価格は税抜き表示です
